コラム
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『2008年のベスト』(No.358/2008.12.26)

2008年度最後の配信となりました。今年もご覧いただきましてまことにありがとうございました。何とかまた無事に毎週発行をまっとうすることが出来ました。みなさんのおかげです。あらためて感謝。
ここ数年、ブログの隆盛すさまじく、『D−Movie』についてもブログにしようかどうか考えたこともあるのですが、過去作品の一覧性ではやっぱりホームページの方が見やすいのかなあとか、いろいろ考えた結果見送りました。何かご意見などありましたらぜひ賜りたいと思います。よろしくお願いします。

さて、毎年のことながら、なかなか劇場には足を運べていないのですが、その中でも年間No.1を決めてみたいと思います。これは文句なくコーエン兄弟の『ノーカントリー』でしょう。全編に流れる圧倒的な緊張感、正しい不条理とでも言うべき居心地の悪さ、完璧でした。内容に比べるとラストの余韻がちょっと弱い気がしますが、コーエン兄弟の作品だからこそ、そこまで求めてしまうわけで。

それ以外で心に残った作品は、『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』、『TOKYO!』『靖国』『潜水服は蝶の夢を見る』あたりでしょうか。全体的にはやはりファンタジックな作品が多かった気がします。
今月公開された映画での注目株は、まだ観ていませんがマーティン・スコセッシの『ザ・ローリング・ストーンズ シャイン・ア・ライト』ですね。すでに観た知人の評価がかなり良いので気になっています。何といっても『ラストワルツ』(1978)を撮った監督ですから。

ということで、また来年も週一回は映画に触れていただくべく、続けてまいりたいと思います。よろしくお願いします。良いお年を。


『拡散』(No.357/2008.12.19)

寡作の作家として知られる漫画家・小田ひで次さん。緻密に描きこまれていながらどこか温かみのある絵柄や、哲学的かつ寓話的なストーリー展開が個人的にファンです。
その小田ひで次さんの作品で、絶版になっていた作品「クーの世界」(秋田書店)、「拡散」(上・下/エンターブレイン)、「続・ミヨリの森の四季」(秋田書店)が先月同時に発売されました。
小田さんはうちのギャラリーにも出展してくださっていて、いろいろお話を伺ったのですが、今回、出版社が異なる作品が同時に発売されたのは、実は偶然で、それぞれの作品の担当の方がちょうど同じ時期に再発に向けて動いたらしいです。こういうこともあるんですねえ。個人的にはほとんど持っているのですが、今回の再発では装丁も新しくなっていて、やっぱり揃えたくなってきます...。

ちなみに、そんな寡作な小田さんの新作『おはようひで次くん!』が、今、ネットコミックとして販売されています。これは上記4作品とは全然違う趣で、小田さんの自伝的作品なんですが、これが面白い。まず、『拡散』を完成させた後、日々まったりと過ごしている小田さんの元に、以前付き合いがあり、小田さんに思い入れのある編集者がやってきて、小田さんにダメ出し(それも結構きつい)をするところから始まります。もちろんフィクションも含まれていると思いますが、小田さんの精緻な絵のタッチもあってか、リアリティもあるし説得力もあります。深い...。これはいつかちゃんとした本として出版して欲しいなあ。

ちなみに寡作な小説家と言えば『羊たちの沈黙』の原作者トマス・ハリスが有名ですが(今のところ33年間で5冊)、2006年の『ハンニバル・ライジング』の後、新作にとりかかったという噂すら聞きませんねえ。期待しているのですが。

・小田ひで次公式サイト:http://www.odahideji.com/

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『ワイエスの道程』(No.356/2008.12.12)

渋谷の東急Bunkamuraザ・ミュージアムにて、アンドリュー・ワイエスの展覧会『アンドリュー・ワイエス−創造への道程(みち)』展を観ました。
アンドリュー・ワイエスはアメリカン・リアリズムを代表する画家で、水彩やテンペラを使用し、失われつつあるアメリカの原風景を、90歳を超えた今もなお描き続けています。
今回は、”創造への道程”というサブタイトルのとおり、未公開の水彩・素描などが数多く展示されている貴重な展覧会です。

個人的にワイエスを知ったのは5〜6年前だったと思いますが、最初に観た時に、「これはアンドレイ・タルコフスキーの映像そのままだ」と思いました。それ以来、ワイエスは最も好きな画家の一人となっています。もちろん、ワイエスが描いているのはアメリカ。しかもそのほとんどが、彼が人生の多くを過ごしたペンシルヴェニア州やメーン州という限られた風景。タルコフスキーはロシアの映画監督なので、全く接点は無いのですが、彩度が低く、質実で深みのあるワイエスの絵は、私にとってタルコフスキーの『鏡』そのままの印象でした。

ワイエスと言えば足の不自由な女性クリスティーナを描いたシリーズや、ドイツ系のヘルガという女性を描いたシリーズが有名で、そのあたりの作品は今回の展覧会にはほとんど登場しないのですが、それでも貴重な習作や素描がこれだけあれば納得です。とは言え、そのプロセスを楽しむと言うより、その前に立つと否応なしに対峙させられてしまうのがワイエスの絵のチカラであり魅力。動かない旅、がここにあります。12月23日まで。ぜひ。

・Bunkamuraザ・ミュージアム
http://www.bunkamura.co.jp/museum/lineup/08_wyeth/


『バーン&イーノ』(No.355/2008.12.05)

オススメCD紹介です。
1981年に、トーキング・ヘッズのフロントマン、デヴィッド・バーンとアンビエントの創始者ブライアン・イーノの二人の共作によってリリースされたアルバム『My Life In The Bush Of Ghosts』。さまざまなアプローチによる実験精神に溢れながら、新しい時代のワールド・ミュージックとでも呼ぶべき世界を構築した作品でした。この後、トーキング・ヘッズはアフリカのリズムをさらに貪欲に取り入れた80年代の金字塔『Remain In Light』をリリースするのですが、そういう意味では早すぎた傑作だったと思います。

...ですが、今回ご紹介したいのはこの作品ではありません。いやこれももちろんオススメなんですが、あれから27年経った今、何とまたこの二人によるアルバム『Everything That Happens Will Happen Today』がリリースされたんです。まさかの2作目。驚きました。
実験的な音空間で構成されていた前作に比べ、本作はバーンのボーカルが入ったメロディアスな曲も多く、比較して聴くとかなりポップに聞こえます。ただ、単純に聴きやすいというわけではなく、良い意味でのひねくれ度合いが心地よく響きます。やはりオススメ。

そう言えば前作『My Life In The Bush Of Ghosts』って、映画のサントラだった気がするのですが、あらためて調べてみてもそういう事実に行き当たりませんでした...。勘違いだったのかな。

ちなみに本作のリリースにあわせ、来年の1月にデヴィット・バーンが7年ぶりに日本ツアーを行うそうです。ブライアン・イーノもコールドプレイのニュー・アルバムをプロデュースしたり、iPhone用の音楽アプリケーション「Bloom」をリリースしたり、相変わらず活躍中。いや、元気ですねえ。

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『クラウドコンピューティング』(No.354/2008.11.28)

最近、コンピュータの利用形態として、「クラウドコンピューティング」という考え方があるようです。まだまだ定義ははっきりとしていないような感じもしますが、簡単に言うとユーザーがインターネットを通じてさまざまなサービスを受け、その利用料金を支払う仕組みだそうで、今まではユーザー側に必要だったハードウェアやソフトウェアが必要なくなるとのこと。ブログが登場したりSNSが流行ったり、本当にコンピュータの世界はダイナミックですね。

クラウドコンピューティングはネットワークの進化系とも呼べるもので、ユーザー側のメリットは大きいと思いますが(メーカーの都合でOSを買い換えたり、パソコンを買い換えたりする必要がなくなります)、どのようなサービスを何の目的で使っているか、なんて情報がサービスの提供側に筒抜けになる気もします。そう考えるとちょっと怖い。ただ、ハードウェアが必要なくなるのであれば、ひょっとしたらユーザー側のインターフェイスに一大革命をもたらすかもしれませんね。

例えば、寝ながらやりたい人にはそういう操作機器、手を使いたい人は手で使う用の、足を使いたい人は足で使う用の、など、さまざまな可能性が生まれるかもしれません。
インターフェイスの開発って今ひとつブレイクしていない気がしますが、クラウドコンピューティングの浸透によっては、キーボードやマウスなどの入力機器が一気に”過去の遺物”になるかも。今、手を使わずに脳波によって画面の人やモノを操作するゲームがあるそうですが、頭で考えるだけで入力できたり、ソフトウェアを操作できたりするとすごいでしょうね。さらに寝ている間に原稿が出来るとか。そりゃもうインターフェイスの問題じゃないか。


『小規模な生活』(No.353/2008.11.21)

講談社の『モーニング』という雑誌に連載されていた、福満しげゆき氏による『僕の小規模な生活』という漫画があります。
漫画家を目指して日々奔走する主人公の”僕”(=福満氏本人)が、自分自身の生活を綴った物語。若くして結婚したことで生活費も必要になり、仕事に就くも長続きせず、妻を働かせて生計を立てるというダメぶりを発揮する一方、エロ漫画を皮切りに漫画の仕事もそれなりに依頼があり、単行本も出版されるなど、微妙な立ち位置での生活が赤裸々に語られます。

この作品が、単なる内情暴露ものと一線を画すのは、主人公の人間性がリアルにさらけ出されているところ。特に面白いのは出版社の編集者(すべて後姿で登場します)とのやりとり。異なる出版社からの依頼を天秤にかける様子をそのまま描いたり、編集者の人間性を良いところも悪いところもストレートに描写したり、まあよくここまで描けるなあ、という内容。
主人公”僕”は、些細なことで落ち込むわけですが、それでいて、計算高いところがあり、そのギャップが面白いです。単行本1巻目からなかなか次が出なかったのですが、先日とうとう第2巻が出ました。その表紙には、主人公の”僕”が登場し、「何年も漫画描いてますが、「2巻」が出たのは生まれて初めてですよ!」という台詞を吐いています。あなどれません...。
来年の春から『モーニング』紙上での連載も再開されるようです。楽しみです。でも大丈夫かなあ。

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『感動を作る』(No.352/2008.11.14)

仕事でちょっと遠出(と言ってもホントにちょっと。例えば電車で1時間程度移動が必要など)するときなどに、さくっと読めるもの、と考えてよく新書を買ってしまいます。ちょうどいいんですよね。
でも、そういう”ノリ”で買うと結構当たり外れもあります。最近では、かなり扇動的なタイトルも多いですから、タイトルだけで選ぶと失敗することも結構あったり...。新書ってだいた700円前後ですから、高くはありませんが、文庫本を買うことを考えれば、決して安くもありませんからね。

でも最近買った新書は”当たり”でした。作曲家・久石譲さんの『感動を作れますか?』(角川書店)という本です。
映画音楽を中心に手掛けられ、特に宮崎駿監督作品や北野武監督作品には欠かせない存在となっている久石氏がクリエイティビティについて語ったものですが、非常に共感できる内容でした。
「プロとはモノづくりを続けられる人のこと」。つまりちゃんと多くの人の心に響く作品を作り、経済的にも成り立つモノが作れないとプロとして世の中に存在し得ないということ。「実質稼働率をあげろ」。日本人が働き者だったのは一昔前の話で、最近は目標も見えにくく、会社にいる時間は長いが実質的にはどうなのかと。
芸術に関する理論だけでなく、モノ作りの姿勢や、労働の効率についても語られるあたり、やっぱりちゃんとプロとして活躍している方は、ちゃんとそういうことを考えているんだなあと。アーティストのみならず、サラリーマンが読んでも参考になる本だと思いました。

ちなみに、これはネットで調べたのですが、「久石譲」の名前は、クインシー・ジョーンズに由来するそうです。”クインシー”→久石、”ジョーンズ”→譲だと。...なるほど。


『変革の時』(No.351/2008.11.07)

昔、突撃レポーター的存在のマイケル・ムーアが監督したドキュメンタリー映画『ロジャー&ミー』(1989年)を観た時、この強力な自浄作用とでも言うべき市民の行動力がアメリカの強さなんだ、と思いました。時に自虐的に、時に攻撃的に、真正面から”言葉”を駆使して相手と向かい合う。良し悪しは別にして、そういう文化にあらためて驚嘆したものです。
映画とは関係ありませんが、ビル・クリントンが46歳の若さでアメリカ大統領に就任したときもそう。最年少ではありませんが、この年齢の人間に国の行く末を託すアメリカ国民の選択をリアルタイムで見て驚きました。

そして今回のアメリカ大統領選。民主党のバラク・オバマ上院議員が共和党候補のジョン・マケイン上院議員を破り、44代目の米大統領に決定。米史上初となる黒人大統領の誕生。オバマ氏は勝利演説で言いました。「この勝利が誰のものかを私は決して忘れない。あなたたち(米国民)のものなのだ」と...。
このリアリティ、なんですよね。大事なのは。民主主義と言っても、結局国民が選んだと言うリアリティがないと意味がないと思うんです。そういう、ものが見えないところでうまい具合に物事が決まっていくと言うのも、いろいろと都合が良い部分もありますが、特に国の状態が良くないときには、このリアリティが人々を変え、国を変えていく原動力になる気がします。
黒人と言うことが”変化”の象徴になったということなんでしょうね。確かに、勝利演説を聴いていると、何か国民の中に”何か良い変化がもたらされるのでは”という期待が生まれます。もちろん、その期待に応えられるかどうかはこれから判断されるわけですが。さて、次はいよいよ日本。私たちが選択する番です。

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『渋アト』(No.350/2008.10.31)

今月から、渋谷にある専門学校・日本デザイナー学院さんで、非常勤講師として授業を持たせていただいています。テーマは「アートマネジメント」。

テーマに沿ったいろんな講義も行いますが、基本的には来年の1月に、渋谷の3ヶ所のスペースで学生さんたち5〜6名のチームによる個展を行うというアートイベント『渋谷アートトライアングル』の企画・運営を行います。
各チームはアーティスト、キュレーター、プロデューサー、広報、レポーター、という風にそれぞれ役割に分かれており、みんなで力をあわせて個展を作り上げるというプロセスから、個人の社会化や地域へのまなざし、コミュニケーションの重要性といった内容を学んでもらおうというプログラムです。

昔から人前で話すのはあまり好きではないのですが、まあなんとかやってます。大変な部分が多いけれど、やっぱり人に教えるというのは勉強になりますね。
今回は、渋谷に学校がある=渋谷に毎日のように来る=渋谷が地元的存在になる、という論法から、渋谷という地域にまなざしを向け、いろんなつながりを大事にしながら、イベントを作っていこうとしています。で、自分たちのためのイベントでありながら、そういう視点を忘れなければ、結果的にそれが地域のためにもなるだろうと。ここ10年来、ギャラリーを含めてやってきたことを渋谷でまた実験しているような感じです。

こちらもそうですし、学校側も、学生たちも、また場所を提供してくださる方々も、みんな始めての試みで、試行錯誤の日々ですが、良い結果を出したいと思います。..とはいえ、一番大変なのは学生たちとのジェネレーションギャップだったりして(笑)。みんな若いです...。

・渋谷アートトライアングル:http://233.jp/sat/


『ハンマースホイ』(No.349/2008.10.24)

ここ何日かで、偶然、数人の方から同じ美術展を進められました。それも、その美術展が話題になっているからとか(いや、実際なってはいますが)、とにかく見ておいたほうが良い、というような理由ではありません。”私”が非常に気に入るだろう、とのことで勧めてくださっているのです。
それは上野の国立西洋美術館で開催中の『ヴィルヘルム・ハンマースホイ』展です。いろんなメディアでもPRされていることもあって、気にはなっていましたが、作家のことも全然知らず、今まで足を運んでいませんでした。チラシとWEBしか見ていないのですが、”静かなる詩情”と銘打たれたサブタイトルの通り、人間の所作、建物や風景の佇まいの中で、時間が止まった一瞬を捉えたとでも言うべき情景が描かれています。いいですねえ。

先般ご紹介したBunkamuraザ・ミュージアムで開催されていた『ジョン・エヴァレット・ミレイ』展もそうですが、みんなが写真家となった日本では、こういった一枚の絵の中にさまざまな物語が感じられる絵画というのは、世代を問わず受け入れられるのかもしれませんね。
ちなみに、『ヴィルヘルム・ハンマースホイ』をご覧になった、とある方が「...救いがなかった...」と感想をおっしゃっていました。うむー、そういう絵画をみんなから進められる私ってどうなんでしょうか(笑)。もちろん、絵画でも映画でもそういうの大好きですが...。

国立西洋美術館:http://www.nmwa.go.jp/jp/

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『ディアフーフ』(No.348/2008.10.17)

オススメCDご紹介。ここ数年注目を集めているアメリカ発のインディーズ・レーベル『Kill Rock Stars』。インディーズスピリットを貫き通し、実験的でオリジナリティあふれるバンドを次々と送り出しているこのハッピーなレーベルの看板的存在が「DEERHOOF(ディアフーフ)」というバンド。そんな彼らの最新アルバム「Offend Maggie」が発売になりました。ジム・オルークなどの仕事でも知られる五木田智央氏が手がけているCDのアートワークがシンプルだけどものすごいインパクト。即買いです。で、実際に聞いてみるとこれがまた実にハッピーな出来。

ディアフーフは1994年に結成、現在は日本人メンバーがボーカルを努めています。そのせいもあってか、彼らの音楽は実験的でありながらどこかポップで親しみやすい。まさにこのレーベルならではの自由な精神が体現されています。このところ新作をずっと聞き続けていますが全然飽きないですねー。他にもこのレーベルには、「Mika Miko」「Xiu Xiu」と言った面白いバンドがいます。もちろんエリオット・スミスの名盤をリリースしたというだけでも存在価値があるかも。

ちなみに、ディアフーフは、来年の1月・大阪から日本ツアーを開始するとのこと。シガー・ロスと同様、これもはずせませんねえ。以下のMyspaceから新作の一部が試聴できます。ぜひ。

・DEERHOOF(Myspace):http://www.myspace.com/deerhoof


『人間ドック』(No.347/2008.10.10)

先月、ほぼ4年ぶりに人間ドックを受けてきました。慢性胃炎があるので、少なくとも胃内視鏡検査は1年に一度くらいは受けないといけないのですが...どうも怖くて...。とりあえず、インターネットで評判のよさそうな病院を探して行ってみると、院長さん以下みなさんお若い方ばかりで若干の不安を抱いたものの、結果的には久しぶりに良い病院にめぐり合えたと思います。

何を持って”良い”とするかはいろいろな考え方があると思いますが、前に一度このコラムでも書きましたが、個人的にはお医者さんの”診察時間の長さ”を大きな判断基準としています。昔、C型肝炎を患ったことがあり、今までに何回も超音波検査を受けてきましたが、あながちこの判断基準は間違っていないように思います。自分の身体の状態を理解するには、もちろん、自分自身の感覚が最も大事で、その次がお医者さんの説明なのではないかと。そういう意味でホント素晴らしかった。他にも、診察が終わった後、会計までの待ち時間が短かったり、看護士さん、事務員さんの対応も分かりやすくて丁寧。いや、その病院の宣伝をしたいわけではなくて...伝えたかったのは、胃内視鏡・大腸内視鏡ともに、最近ではほとんど痛みを感じないで受診可能なんだなーということ。病院による差はあると思いますが、痛いのが嫌で内視鏡を避け続けているご同輩の方(自分がまさにそうでしたので)、いらっしゃいましたらぜひ受診をオススメします。

重い病気ほど初期症状はほとんどないと言われています。私がC型肝炎と判明した時もそうでした。血液検査で肝臓関係の値が少し高く、要再検査となったので判りましたが、その後入院してインターフェロン治療を受けるまでは、健康そのものでしたから。ご用心、ご用心。
個人的には、これからは年1回内視鏡検査を受けようと思います...それにしても、医療費が高いですねえ。次の与党に期待?

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『コミック映画』(No.346/2008.10.03)

『デトロイト・メタル・シティ』『イキガミ』『20世紀少年』『おろち』などなど、邦画ではコミック原作の映画が元気がいいようです。
『デトロイト・メタル・シティ』なんかは、映画化に適した作品かもしれませんね。公開に合わせて、原作に登場する歌詞や世界観を再現したCDもリリースされているようですが、その過激な内容からクレームが殺到し、販売を差し控える店舗も出ているとのこと。是非はともかく、宣伝効果はありますよね。

一方、『20世紀少年』『おろち』などは、漫画として画や世界観があまりにも完成されすぎていて(もちろん、他がそうではないという意味ではありません)、原作のファンには受け入れられにくいのではないかと思います。
特に楳図かずお作品なんかはあの画ありきですから。さらに楳図ファンには『漂流教室』の映画化のトラウマがあるのではないでしょうか。私もそうです。同作は1987年に大林宣彦監督にて映画化されましたが、これはさすがに...の出来でした。舞台がいきなりインターナショナルスクールになっちゃってますし。一説によると楳図先生もさすがにお怒りになって、試写以降、一度も見てないとか。
それにしても、『漂流教室』。週刊少年サンデーで連載開始されたのが1972年というのが驚き。人間のエゴを描ききっただけでなく、来るべき世界を予言していたということも含め、まさに歴史に残る傑作ですね。


『おれ内閣』(No.345/2008.09.26)

24日、臨時国会で自民党の麻生太郎総裁が第92代首相として選出されました。さらにその後、通常であれば官房長官が行う閣僚名簿の読み上げを、首相自らが発表。笑顔も見せず、いつになく緊張している様子でしたね。
入閣したメンバーに驚くような顔ぶれはなく、強いて言えば34歳の小渕優子衆院議員が戦後史上最年少で起用されたことでしょうか。しかしながら、そもそも”少子化担当相”がよくわからないので、さほどのインパクトはなかった気がします。
官邸入りする閣僚の方々の様子がテレビでも流れましたが、結構微妙な表情の方が多いのが面白い。石破さんはあきらかに戸惑っていましたよね。

早速マスコミからは、「麻生氏だけが目立ちたい」「世襲割合が多い」などなどいろんなことが報道されていますが、まあリーダーが自分の人脈で周りを固めるというのは、意思統一という意味でも悪くないと思いますので、これを対小沢氏のための首相の決意の表れと考えれば”あり”なのではないでしょうか。もちろん、そうやって身内で固めれば固めるほど、リーダーの資質がもろに問われることになるわけですが。ということで、いよいよ麻生VS小沢戦の幕開け、です。

ちなみにアメリカでは、大統領選にちなんでマイケル・ムーアがひと暴れしているようです。自身が監督した最新ドキュメンタリー映画『Slacker Uprising』を「SlackerUprising.com」で無料公開。多くの若い有権者をソファから立ち上がらせ、投票に向かわせることが目的とのこと。なかなか面白い企画ですね。『Slacker Uprising』は、ムーア監督が2004年の大統領選中に、どちらの候補を支持するかで揺れる62都市を回り、人々の反応や声などを集めた97分の作品。制作には200万ドル以上掛かっているそうですから、ムーア監督、本気です。ちなみにダウンロード視聴できるのは北米在住者のみとのこと。

こちらの選挙も見逃せませんね。それにしてもマイケル・ムーアまた太りました...。

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『ミレイ展』(No.344/2008.09.19)

渋谷Bunkamuraザ・ミュージアムで開催中の「ジョン・エヴァレット・ミレイ展」を観ました。ザ・ミュージアムのHPを見ると、ジョン・エヴァレット・ミレイ(1829−1896年)は、11歳という若さでロイヤル・アカデミーへの入学を許可されるものの、古い慣習に不満を抱き、1848年に「ラファエル前派兄弟団」を結成、革新的芸術運動の中心的役割を担った、とあります。うむー、天才、ですね。
今回は代表作の『オフィーリア』や『両親の家のキリスト』など、英国内外の主要コレクションから構成された日本で初めての本格的な回顧展とのこと。

画家の素性をほとんど知らないまま見たのですが、会場に入って数分後には、「もう一度来よう」と決めました。いや、もちろんその場でじっくり見ましたが、この素晴らしい作品群に触れるのが一回だけではもったいない、と思ったんです。
まず、最も人だかりの多かった『オフィーリア』を見て鳥肌。微笑みか否かの瞬間を描いたダ・ヴィンチのモナリザのごとく、そこには生と死の狭間とも思える美しく、かつ切ない光を放つ世界が存在していました。さらに他の作品でも、一枚の絵にさまざまな物語が凝縮されており、また意外にダークな雰囲気の作品も多く、圧倒されました。やはり人間は欲望だけでなく、物語に突き動かされる生き物なのだと実感。
会期も長いので(2008年8月30日(土)〜10月26日(日)まで。開催中無休!)ぜひ足を運んでみてください。
その他詳細はBunkamuraザ・ミュージアムのサイトからどうぞー。

・『ジョン・エヴァレット・ミレイ展』
http://www.bunkamura.co.jp/museum/lineup/shosai_08_jemillais.html


『息子と娘』(No.343/2008.09.12)

このところ、大スターの血を受け継いだ映画監督の作品についての情報をふたつ見かけました。
ひとつは、ロックスターであるデヴィッド・ボウイの息子、ダンカン・ジョーンズ監督の新作『ムーン』。「シネマトゥデイ映画ニュース」によると、この作品は来年全米公開予定で、内容は貴重な鉱石を採掘するために月基地に一人で滞在している男が自らのクローンと対決する恐怖を描いたスリラーだそうです。で、ケヴィン・スペイシーがロボット(クローンでしょうか?)の声を担当するとのこと。声だけだとするとちょっと寂しいですが...。ちなみにダンカン監督は、デヴィッド・ボウイの前妻アンジェラとの間の子で、現在37歳。2002年には短編映画『ホイッスル』を作っています。

続いては、”インディペンデント映画界の父、ジョン・カサヴェテス”を本当に父に持つ、ゾエ・カサヴェテス監督の『ブロークン・イングリッシュ』。彼女は、父のみならず、母親が名優ジーナ・ローランズ(本作にも出演)、兄が映画監督ニック・カサヴェテス(『ジョンQ』(2002)など)というサラブレッド。すごいですねえ。
本作は、4年の歳月をかけ、ゾエ自身の実体験を盛り込んだラブ・ストーリーだそうです。上映スケジュールなどは公式サイトをご覧ください。
・『ブロークン・イングリッシュ』(http://broken-english.jp/

いずれも二人の育ちや背景も含めて観たい作品ですが、どちらかというとやはりゾエ・カサヴェテスに期待したいですね。フランシス・フォード・コッポラ監督の愛娘ソフィア・コッポラとも親友らしいし、監督作品のデビュー作はフランスのファッション・ブランド’A.P.C.’向けに作った映像パッケージ『メン・メイク・ウィメン・クレイジー・セオリー』ですから、何か新しい感性に触れることが出来るかも、と。

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『ロードショー休刊』(No.342/2008.09.05)

今月の1日、集英社は映画専門誌「ROADSHOW(ロードショー)」を11月21日発売の09年1月号で休刊すると発表しました。個人的に映画に興味を持つきっかけとなった雑誌でした。残念です..。

「ROADSHOW(ロードショー)」は、主に海外の映画やスターの情報などを掲載した雑誌で、あらためて同誌の歴史を振り返ってみると、創刊は1972年3月。創刊時の部数は21万8000部、最高では35万5000部を記録(83年2月号)したそうです。それが最近では平均5万部..。”映画情報をインターネットなどで集めるファンが増え、部数や広告収入が減ったこと”が休刊理由とのこと。

雑誌など紙媒体の不況のニュースでは、大体インターネットメディアの台頭が影響したというようなことが報じられますが、インターネット上のマガジンやコミュニティにしても、基本的には広告収入頼みということでは同じなので、ネット上の媒体も数十年単位で考えれば、いずれ成り立たなくなるのではないでしょうか。映画雑誌にしても、映画というメディアそのもののパワーダウンもあるとはいえ(まあそれがそもそもネットの影響もあるのかもしれませんが)、雑誌というモノとしてのメディアそのものにはまだ魅力を感じる人は多いはずなんですけどね。いずれにしてもこういう話はいち業界だけの問題ではないですよね。でもホント残念...。がんばれ「SCREEN(スクリーン)」(近代映画社)。


『生活する空間』(No.341/2008.08.29)

何においても”遊び”というのは大事なもので、人生を楽しむという意味はもちろん、辞書で引くと”急激な力の及ぶのを防ぐため、部品の結合にゆとりをもたすこと”という意味もあります。車のハンドルなんかがそうですね。
それは空間でも同じで、公的な空間と私的な空間、その間にセミ・パブリックとでも言うべき空間があることによって、人と人との関係における、コミュニケーションの場になったり、トラブルを未然に防ぐ場になったりするのかなと。

そういう意味で最近、生活空間のリアリティについて考えるのですが、普通に考えるならば、生活空間としては、まず、”家”があり次に”職場”があります。そしてお買い物をする場所や遊ぶ場所が並ぶでしょう。しかしながら、例えば私にとってみれば、生活空間はまず商売をしている自分の家が属する商店街でした。なぜなら家=職場であり、職場は他人の職場と強く結ばれたコミュニティ(=商店街)を形成していたからです。ある意味すべてが並列でした。
学生時代は京都にいましたが、京都は町自体が小さいこともあり、やはり商店が身近にありました。人々が日々仕事をこなす場所と食べて寝る場所が離れておらず、それがまさに生活空間であったわけです。これが、モータリゼーションの進化や、インターネットなどコミュニケーション・インフラの発達によって分断され、現代ではほとんどバラバラになってしまったといっても過言ではないでしょう。

近年、ミクシィなどのSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)が流行しており、ビジネスの手法としても取り入れられているようですが、インターネット上のコミュニティはまさに、この分断された空間を埋めるべく存在しているのかもしれません。そう考えると、SNSからオフ会というリアルの集まりが良く催されるのも納得できます。登録人数が多いSNS内では人間関係のトラブルなんかも多いそうですから、これもある意味リアルですね。とはいえ、だからと言って、これが場所にとらわれないご近所付き合いの未来形だ、なんてことになるとちょっと寂しい気もしますが...。

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『赤めだか』(No.340/2008.08.22)

落語界の異端児、立川談志を師匠に持つ立川談春のエッセイをまとめた書籍『赤めだか』(扶桑社)を読みました。これは同社の季刊文芸誌「en-taxi」上にて連載されていたものをまとめた『談春のセイシュン』を改題して今年4月に発売されたもの。相変わらず冷めない落語ブームの後押しや、今年度の講談社エッセイ賞を受賞した実績もあってか、平積みになっている書店も多いですね。

内容的には、談春の落語家を目指す経緯から始まり、前座時代のエピソードや、家元・談志との物語など、面白くてちょっと切なく、最後には泣ける話が詰まっています。
立川流(落語界では唯一家元制度を採っています)の落語家さんの高座はあまり聞いたことがないのですが、談春やその弟弟子だった志らくなどは、一時期「立川ボーイズ」として結構テレビに出ていて、よく見かけました。その頃の印象があまりよくなくて、さほど気にしていなかった落語家さんだったのですが、このエッセイは素晴らしかったです。
前座時代のどん底エピソードの連続や、談志師匠の恐るべき人間性など、さまざまな要素が凝縮された内容ですが、最もストレートに伝わってくるのは、自分が心底尊敬できる、ほれ込むことが出来る人がいるということの幸せ。そういう人がいるかどうかで人生違ってきますからね。

落語に専念していなかった時期がある、と本人も認めているようですが、近年はかなり本業に力を入れているようです。また年齢も私のひとつ上。地獄をくぐり、天国を垣間見た一人の落語家の芸と生き様をぜひ高座で見てみたい、そう思いました。


『TOKYO!』(No.339/2008.08.15)

今、渋谷駅の構内がほとんどこの広告でジャックされているといっても過言ではないのが、日仏韓の合作映画『TOKYO!』です。
同作は、ビョークなどさまざまなミュージシャンのプロモーションビデオで知られるミシェル・ゴンドリー監督と『ポンヌフの恋人』(1991)のレオス・カラックス監督、『グエムル 漢江の怪物』(2006)のポン・ジュノ監督の3人がそれぞれの視点で捉えた東京を描いたオムニバス作品。

一応、東京暮らしが長い人間としては、3人の中に日本人がいないのが逆にワクワクします。
駆け出しの映画監督の恋人との距離を感じ、椅子に変身していく女性を描いたミシェル・ゴンドリー監督の『インテリア・デザイン』、突如マンホールから現れた謎の人物が銀座の中央通りを闊歩し、街を破壊し始めるレオス・カラックス流『ゴジラ』的シチュエーションで幕を開ける『メルド』、10年間、家に引きこもっていた男が主人公のポン・ジュノ監督『シェイキング東京』、どれも面白そうですねえ。
何より、レオス・カラックス監督がまたシーンに復帰したのが嬉しいです。しかも主演はカラックスの作品ではお馴染みドゥニ・ラヴァン。主人公の名前がすべて”アレックス”という『ボーイ・ミーツ・ガール』(1983)に始まる3部作と同じく、今回の怪人メルドもある意味自分自身だとカラックス監督は、いろんなインタビューで語っています。そういう意味でも興味深い。

後、やっぱり世代的にも気になるのが音楽。伝説のテクノ・バンドYMOの三人によるHASYMO(Human Audio Sponge+Yellow Magic Orchestra)が担当。しかしこの人たちの活動はある種のゆるさを保ちながら、ますます研ぎ澄まされていく感じがします。サントラ盤には、HASYMOによる書き下ろし(3人の共作)のエンディングテーマ「Tokyo Town Pages」、そして『メルド』で使用された伊福部昭によるゴジラのテーマも収録されているようです。公開は明日16日から。とりあえずサントラ買っときます。

・『TOKYO!』(http://tokyo-movie.jp/

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『知の編集』(No.338/2008.08.08)

最近、知人がISIS編集学校の生徒であることが判明。校長を務めていらっしゃる松岡正剛氏の著書をいろいろ読んでいます。
ISIS編集学校は、世界で初めてインターネット上に開校した学校で、主としてメールのやり取りによって情報編集の体系的な知や技術を学べる学校です。開校は2000年で、受講者数は3,000人を超えるとのこと。私は受講していませんが、知人によると、インターネット上だけではなく、その期の生徒たちがリアルの場所で集まって親睦会のようなものを行う場も用意されているそうです。
具体的な授業内容は、新書『知の編集術』(講談社現代新書)など、さまざまな著書の中でも紹介されていますので、変に編集してご紹介するよりもそちらをご覧いただきたいのですが、松岡さんの言葉であらためて印象に残ったのは、「二十一世紀は”方法の時代になる”」ということ。例えば、安全保障や環境保全など、重要と思われる”主題”は大体分かってきたものの、決して世界がうまく動いてきたわけではない、なので、これからは主題を結びつける”あいだ”に物事の解決の糸口があり、その”あいだ”を見つけ出す”方法”が必要であると。

私も地域の問題やそれを解決しようとするプロジェクトに関わってきて、どこかで成功した方法をそのまま持ってきて実践することに疑問を感じていました。例えば地方の活性化のために”エンターテイメント”や”アート”などいくつかの”テーマ(=主題)”が用意されますが、結局それらをどのようにその地域にあわせてローカライズ するか、ということが最も重要ではないかと。そしてそのローカライズが最も難しい。なぜならその地方の文化はその土地に住んでいた人たちが作ってきたものだからです。さらに、地方にしろ何にしろ、崩壊するものや行き詰るものは必ず構造的な欠陥を抱えています。
それらを主題を機軸として解決するのは不可能に近いのではないでしょうか。

う〜ん、そろそろ新しい編集の技術が求められているのかも。

・ISIS編集学校(http://es.isis.ne.jp/


『チケット哀歌』(No.337/2008.08.01)

先般、このコラムでもご紹介した、アイスランドのバンド『シガー・ロス』。今年の10月に来日公演があるというので、チケットを取るべく発売日に電話でチャレンジしましたがあえなく惨敗しました。電話をかけ始めて1時間後につながったものの”売り切れました”のアナウンス。
ここ数年、外タレのコンサートに行っていなかったので、昨今のチケット取得事情はどうなんだろうと思っていましたが、インターネットが普及しようが、ADSLが普及しようがあまり変わらないんですね。久しぶりにこの屈辱感を味わいました。やっぱりチケット売り場に並べばよかった...。
まあ、人気のあるバンドですし、東名阪で1日ずつの公演ですから、取れないだろうとは思っていましたが。追加公演が行われることを祈るのみ。オークションでは2倍以上の値段で取引さているようです。通常価格で1枚7,500円のチケットですからねえ。

人気アーティストのライブや公演のチケットがなかなか取れないのは音楽に限ったことではありません。来月には、落語に青春をかける女の子を主人公にした映画『落語娘』が公開されますが、落語も相変わらず人気のようです。
今の時代で言うと、立川談志や志の輔、笑福亭鶴瓶さんなどの興行は発売開始2分で売り切れるものも多いとか。みんなどうやって取ってるんですか?
昔は公衆電話からかけるとつながりやすい、とか、ダイヤル(この言葉が出る時点で時代を感じますね)をしてつながるまでの時間を計っておいて、発売開始時間の数秒前にかけ始める、など、いろんな裏技の噂がありましたが、あまり意味はなかった気がします。やはり運なんですかねえ。
さて、シガー・ロス、どうするかなあ。

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『ロシア・アヴァンギャルド』(No.336/2008.07.25)

渋谷の東急Bunkamuraザ・ミュージアムで開催中の『青春のロシア・アヴァンギャルド展』を観ました。モスクワ市近代美術館のコレクションをメインに、20世紀前半に花開いた“ロシア・アヴァンギャルド”の作品を集めた展覧会です。アヴァンギャルド展という名前ですが、出展されている作品の作家にはロシア時代のマルク・シャガール、ワシーリー・カンディンスキーなど、かなり有名な人の名も。モスクワ市近代美術館の所蔵作品をまとめて紹介するのは、日本で初めてだそうです。

ロシア・アヴァンギャルドというと、2000年の前半に原宿かどこかで開催された小さなポスター展に衝撃を受けた記憶があります。決して多くない色数なのにどこか近未来を感じさせる雰囲気。グラフィックとイラストレーションの狭間のようなかっこよさ。いいですねえ。
今回のザ・ミュージアムでの展示も相当良かったです。アヴァンギャルドといっても単に無秩序なわけではなくて、基本的には従来の価値観や世界観に対して抗っている姿勢があり、突き抜けることによってすべてを己の存在価値へと昇華しようとするタフさが”パンク”(の方が後ですが)でした。
私は、リアルタイムで人の心を打つものは基本的に”明るい”もので、後から振り返って人の心を打つものは根底に”暗さ”を抱えていると思います。
なぜなら、本当は”負”のベクトルを持つものの方がパワーがあるのですが、リアルタイムでは、人間にとってその”暗さ”は重荷にしかならないと考えるからです。
ロシア・アヴァンギャルド展に名を連ねる作家たちも、当時は評価もされず生活も苦しく、恵まれていませんでした。その貧困や孤独の中から生まれたからこそ、時代を超えて人々に訴えかけるチカラがあるのではないかと思います”今の時代だからこそ”とか”あえてこの時代に”などの導入入りません。時代や時を超えて語り継がれなければならないアートがここにあります。

・『青春のロシア・アヴァンギャルド展』
(2008年6月21日(土)−8月17日(日) 開催期間中無休 )
http://www.bunkamura.co.jp/museum/lineup/shosai_08_moscow.html


『2001年宇宙の旅』(No.335/2008.07.18)

ぎりぎりの情報で申し訳ありませんが、東京・東銀座の東劇では、6月28日(土)から本日7月18日(金)までの期間、スタンリー・キューブリック監督の『2001年宇宙の旅』を再上映しています。
説明するまでもないと思いますが、『2001年宇宙の旅』はアーサー・C・クラークの原作を映画化したSF映画の金字塔。最初にアメリカで公開されたのが1968年4月6日。今回は、作品公開40周年と監督生誕80年を記念したアンコール上映とのこと(キューブリック監督はすでにお亡くなりになっています)。DVDは持っていますので、もう何度も観ているのですが、やはりスクリーンで観ることができるとなると話は別。何とかすべり込みで観てきました...。

冒頭、何もスクリーンに映っていない状態で、不協和音的な音楽が流れるところもDVDそのまま。ってDVDの方が後だから当たり前か。その後、惑星が一直線に並んでいるシーンにリヒャルト・シュトラウスの『ツァラトゥストラはかく語りき』が重なってくるといきなりテンションは最高潮に。まさにスペースオデッセイ。公開当時からずっと賛否両論で語られてきた本作ですが、やはりこの重厚さと深遠さは圧倒的。これぞ映画というメディアでないと成し得なかった質感ではないでしょうか。
同じSF映画でも、アンドレイ・タルコフスキーの『惑星ソラリス』をリバイバル上映で観たときに感じた、内へ内へと向かっていくベクトルとは全く逆で、永遠に拡散していくような世界観と映像からは、小さな画面では得られないポジティブなカタルシスを感じました。のSF映画には必ず出てくるインターネット的インフラが登場しないのも逆の意味ですごい。
キューブリックの成し遂げた偉業に改めて感謝。

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『残響』(No.334/2008.07.11)

アイスランドが世界に誇るバンド『Sigur Ros(シガー・ロス)』の3年ぶり5枚目となる新作『残響』(Med sud i eyrum vid spilum endalaust)を買いました。始めて故郷を離れて海外で録音したことや、英語で歌っている曲があるなど、いろいろ話題を集めている本作。裸の男女(?)と思われる4人が道路を横切っている後姿が印象的な写真を使ったジャケットも結構衝撃。写真そのものはもちろん、今までのシガー・ロスのイメージからするとこれもかなり冒険かも。
で、実際に聴いてみると、確かに音的には冒険をしている部分も見受けられますが、やはりシガー・ロスはシガー・ロス。透明で低温な音空間は健在。それでいて、春夏秋冬いつ聴いてもハマります。いいですねえ。

なんと、今年の10月には東名阪の3ヶ所で公演を行うとのこと。死ぬまでに一度はライブを見たいと思っていたので、今回ははずせません。2005年のフジロックフェスティバルとか2006年のジャパンツアーとか行けませんでしたから。東京は10月26日(日)国際フォーラムだそうです。7,500円。やっぱり高いね...でも行きたい。

ちなみにシガー・ロスの公式サイトは、すごくクールなサイトデザインなのに、バンドの”トリビア”や”Q&A”のコーナーがあって面白いです。”トリビア”では、「シガー・ロスって”勝利の薔薇”って意味だよ」、とか、”Q&A”では、「バンドのメンバーは英語話せるの?」という問いかけがあって、「はい」って答えが載っていたり、全員の年齢が載っていたり。何かバンドのメンバーってみんな良い人そう...。

・シガー・ロス公式サイト(http://www.sigur-ros.co.uk/)

・日本版公式サイト(http://www.emimusic.jp/intl/sigurros/)
 ※現在、『残響』の全曲が試聴できます。


『魂の行方』(No.333/2008.07.04)

先般、このコラムでもご紹介した、グラント・ジー監督による伝説のバンド、ジョイ・ディヴィジョンのドキュメンタリー映画「JOY DIVISION」を観ました。
さまざまな苦悩を抱えながら自殺してしまったヴォーカリスト、イアン・カーティスの半生を描いた『コントロール』も、凄まじくクールな内容でしたが、やはりドキュメンタリーはまた違った凄みがあります。
初公開となるライブ映像や音源が使われていたり、残されたメンバーのインタビュー映像が豊富で、さらにイアンの愛人だったジャーナリストのアニーク、先述の『コントロール』を監督したアントン・コービンが登場するなど、貴重なシーンの連続。すごい。
残されたメンバーのバーナード・サムナーやピーター・フックが、必ずしもジョイ・ディヴィジョンのアルバムを支配するダークな雰囲気を好んでいたわけではない様子や、やはりみんなイアンと固い絆で結ばれていたんだなと思わせる発言が多いところなんかも非常に興味深かったです。
冒頭で、ファクトリー・レコードのオーナー、故トニー・ウィルソンが語るように、彼らの歴史は単なるバンドの歴史ではなく、街の歴史でもあったのでしょう。そういう磁場というか、エネルギーのようなものマンチェスターにはあったのかもしれません。

彼らが残してくれた、乾いた石でコンクリートを殴りつけるような質感、そして内へ内へと向かっていく、パンクが成し得なかった深み。ジョイ・ディヴィジョンとの出会いがあるかないかで人生の方向性が変わるかも。イアン・カーティスが背負っていたもの、その大きさと重さがずしりと心に響いてくる作品でした。

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『顔の見える本』(No.332/2008.06.27)

相変わらず「雑誌が売れない」という言葉をよく聞きます。出版科学研究所の調べによると、2007年の雑誌実売金額は1兆1827億円で、最盛期の1997年に比べると約3800億円もダウンしているそうです。
まあ、昨今のフリーペーパー・ブームだけを見ても、有料の雑誌や情報誌が苦戦しているであろうことは想像に難くないですが。

昔、うちのギャラリーについて、とある情報誌の取材を受けた際、思ったことがあります。その時の先方担当者は掲載される情報誌の社員の方ではなく、フリーランスの女性のライターさんでした。出版社からの委託を受け、実際に取材を行い原稿を作成している方です。で、このライターさんが、今まで見たことの無い”自分の言葉”で原稿を書く方でした。私もライター業をやっていますが、どちらかというと自分らしい言葉使いや言い回しはあまり必要のないビジネス関連の媒体向けが多く、その方の個性あふれる文章によって構成された記事を読んだときは結構衝撃的でした。そのライターさんは、その時の雑誌では、うちを取材したコーナーしか担当していませんでしたが、もし、こういうライターさんだけを集めたり、もしくはそのライターさんがすべてを監修して雑誌を作ったら、かなり面白いモノが出来るんじゃないかと思ったのです。もちろん、その方の魅力は文章だけでなく、外見、キャラクター、取材の姿勢、どれもオリジナルであったわけですが。

ひょっとしたら、雑誌が売れない理由のひとつにはその雑誌を作っている人の顔が見えなくなってしまったこともあるのかもしれません。顔を見せるというのはリスクでもありますからね。その人の個性や技量がそのまま問われるわけですし、読む人も選んでしまいますから。
最近は、個人やグループが自らの手で本を作り、大手の流通ルートを介さずに販売を行う「リトルプレス」が人気になっていたり、雑誌などの編集長経験者や名物編集者が”本”や”紙媒体”について書いた書籍もよく見受けられたりします。

あらゆるメディアがインタラクティブな方向を目指し、安易にオーディエンスや素人さんを取り込んでいく時代の中で、誰が何をどう書いているのか、出版する側の顔が、今また求められているのかもしれません。


『秋葉原の孤独』(No.331/2008.06.20)

東京・秋葉原で17人が死傷した無差別殺傷事件。連日メディアで放送されており、事件に関する報道を目にする度にいたたまれない気持ちになります。
ギャラリーをやっている関係もあって、逮捕された加藤容疑者の年齢と同じ25歳前後の人たちと話をする機会が多いのですが、とりあえず、みんなこの事件に関し、また加藤容疑者に対し、同じ年代であることに動揺し、彼の行動や思考を理解できないと語るところに安堵感を覚えます。
ただ、それは逆に、容疑者のような孤独を抱える人は年齢や世代に関係なく存在するであろうということを想起させ、それはそれでまた不安の材料となるのですが。

一時期、友人に「死にたい」と繰り返しもらしていたという加藤容疑者。
僧侶で作家の玄侑宗久さんは、以前とある新聞上で「なぜ人を殺すことがいけないのか」という問いを発すること自体、論理的な知に絡めとられている、とおっしゃっていました。つまり、”命”の連続性が感じられれば、他人を殺すことは自分を殺すこと、自分を殺すことは他人を殺すことということが当然理解できるはずだと。
確かにこの”命”の輪が想像できれば、社会や親などに対する大きな不満があっても、誰かを”殺す”という行為にはなかなか至らないのではないかと思います。
そこが分断されているから、すぐに自分を殺すことを考えるし、それが嫌な場合は他人を殺すことにつながるのかもしれません。昨今の殺人事件の容疑者がよく口にする「(殺す相手は)誰でもよかった」という発言も、まさに命が個々に分断されていると考えるからこそではないでしょうか。まったく自分と関係ないものだからこそ扱いも軽くなると。

”秋葉原”や”掲示板”というようなキーワードから、すぐにインターネットを敵視するのはどうかと思いますが、ネットや携帯端末の出現により、コミュニケーションの細分化が進んでしまった部分は否定できません。リアルとネットは相互補完が可能なのか、それともコミュニケーション能力の格差を広げるだけなのか。やはりもう一度このインフラをしっかり考える必要があるのではないかと思います。

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『雨男』(No.330/2008.06.13)

今年は5月から雨が多かったですが、本格的に梅雨の季節となりました。
よく「晴れ男」「雨男」などと言いますね。野外で行うイベントなんかに、その人が顔を出すと”晴れる”とか”雨が降る”とか。私はどちらかというと「雨が降る確立が多い男」だと思います。世間で自分のことを”「雨男」”と言う人、もしくは”「晴れ男」と言わない人”には共通点があるのではないでしょうか。おそらく”雨が好き”なんじゃないかと思います。
個人的には、雨がもたらすしっとりとした静かな空気感に、そこはかとない”間”を感じます。適度な量の雨が降る日にテンションが上がってくると、傘をさして一生懸命ぬれないようにしている人々の姿が滑稽にさえ映ります。
雨にぬれるという自然で素直は行為には、原始的なカタルシスを得る効果がある、と何かで読んだ記憶があります。真意の程はさておき、何となく説得力がありますね。

ちなみに、映画では”雨”が印象的な作品がたくさんあります。
いわずと知れた『雨に唄えば』(1952)を始め、『七人の侍』(1954)の最後の決戦シーン、『セブン』(1995)の追跡シーン、『ブレードランナー』(1982)のラストシーンなどなど。『マトリックス レボリューションズ 』(2003)でも、ネオとスミスの最終決戦はどしゃ降りの中でした。

映画ではありませんが、20年ほど前でしょうか。ホンダのプレリュードという車だったと思いますが、ほとんどが雨のシーンという衝撃的なCMがありました。冷たさを感じさせる雨が車に艶を与えていたのが印象的で、今でも覚えています。
マンガでは、中崎タツヤ氏の『じみへん』の中で、ピクニックの当日を大雨で迎えた家族の話があるのですが、幼い頃に雨で遠足が中止になった経験をトラウマに抱える父親は断固決行します。もちろん子供も大喜び。で、親子3人はどしゃ降りの中を突き進むという...。ちょっと気持ちはわかります(笑)。実際、大雨の日にそんな家族を見かけたらドン引きしてしまうと思いますが...。


『野球の話』(No.329/2008.06.06)

野球に関して、若い頃は中日ドラゴンズの試合結果に一喜一憂する時期があったものの、ここ数年はメジャーに行った選手の成績を気にする程度の興味しかなかったのですが、最近、続けて二冊、野球の本を読みました。
といってもかなりの変化球で、一冊は現・楽天監督の野村克也氏の『野村ノート』(小学館)と、アメリカ文学研究者で翻訳家の柴田元幸氏・責任編集の文芸誌『モンキービジネス 2008 Spring vol.1 野球号』。

野村監督については、以前テレビのインタビューを見ていて、「一度何か著書を読んでみたいなあ」と思っていたところ、たまたま本書を書店で見かけましたので(ちなみにちょうど第十五刷が増刷されたところでした)。先人たちの名言の引用を多用するなど、若い人が聞いたら少しうざいかも(笑)、と思う部分もあるものの、やはり野球をベースに教育論、人生論といったところまで達する思考方法については、かなり説得力があります。それでいて、石井一久投手については育て方を間違えた、とか、自分がゼロから育て上げた古田敦也は年賀状もよこさない、など、監督十八番の”ぼやき”もちりばめられていて、専門的な内容がメインながら野球の知識が少ない人でも楽しめる本だと思います。

『モンキービジネス』は巻頭の小川洋子氏と柴田氏の対談が出色の面白さ。
野球にしろサッカーにしろ、熱狂的なファンの語りというのは、最も臨場感あふれる言葉たちなのかもしれません。これまた野球に興味がなくてもついつい最後まで読んでしまうと思います。この対談、結論は”男子ソフトボール部に「物語」あり”と。小川さんの息子さんが野球の強い学校に入ってしまい、それまでやっていた野球をあきらめ、ソフトボール部に入部されたとのこと。女子ソフトボール部はある種花形スポーツですが、男子ソフトボール部は硬式野球で挫折した人間で構成されているから物語があると。なるほど。いつか小説になるんでしょうか?

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『カムイ』(No.328/2008.05.30)

人気のイケメン・ウエンツ瑛士に鬼太郎を演じさせるというキャスティングで世間を驚かせ、原作者・水木しげる氏に「ウエンツ瑛士の背がもう少し高ければ、(映画化を)断っていた」と言わしめた映画版『ゲゲゲの鬼太郎』。昔ながらのファンの複雑な想いをよそに、今年の7月には続編『ゲゲゲの鬼太郎 千年呪い歌』が公開されるようですが、日本漫画界の屋台骨とも言える名作の実写映画化という意味では、とうとう『カムイ外伝』(2009年公開予定)にまで触手が伸びてしまったようです。

『カムイ外伝』の原作者・白土三平氏は日本漫画界の重鎮中の重鎮(何か変な言い回しですが)。漫画界に初めて”思想”を持ち込んだと言われるだけあって、その作風はまさに硬派。常に社会的弱者、マイノリティ(忍者もそうです)に焦点を当て、世の中の闇の部分を照らし続けてきた方。いやもう、ひれ伏すしかありません。テレビアニメの『サスケ』のオープニングで、琵琶の音色をバックにナレーションが流れます。
「光あるところに影がある まこと栄光の影に数知れぬ忍者の姿があった
命をかけて歴史をつくった影の男たち だが人よ 名を問うなかれ
闇にうまれ 闇に消える それが忍者のさだめなのだ」
いや、しびれます。映画の原作として、白土先生の作品の中でも”サスケ”ではなく、”カムイ”を選ぶあたりは、実は「おおっ」と思わせるものがあるのですが、とある記事を見てみると、映画版『カムイ外伝』は松山ケンイチ&小雪を主演に配した”アクション大作”だそうです。

まあ、黒澤明監督の名作『隠し砦の三悪人』をリメイクした作品のサブタイトルが『THE LAST PRINCESS』ですから、今さらどんな名作がどのような解釈で作り直されても驚きませんが...。とりあえず、三茶に来たら見るかもです。


『小さん師匠』(No.327/2008.05.23)

このところ”落語”が特集されている雑誌をいくつか目にしました。NHKの朝の連続テレビ小説「ちりとてちん」が終わったとはいえ、まだ落語ブームは続いているようです。

こういう”〜入門”みたいな特集を組んだ雑誌をあまり買うことはないのですが、先週発売された『サライ』は思わず買ってしまいました。名人・五代目柳家小さん師匠が特集されていたんです。個人的に好きな落語家さんというのは何人かいますが、名人とうたわれる人の中でも小さん師匠は好きですねえ。小さい頃から結構テレビで落語を見ていましたが、小さん師匠の放送を見つけるとちょっと得した気分になったものです。もちろん立川談志師匠も好きですが...。小さん師匠と仲直りしたのかなあ。

今回買った理由のひとつはオリジナルCDがついていたから。小さん師匠の得意ネタ『時蕎麦』『粗忽長屋』『狸賽』の3つが収められています。早速聞きましたが、いや、やっぱりすごい。小さん師匠のとぼけた顔が浮かんでくると、それだけでなんとなくお腹がこそばゆくなってくるようです。旨い蕎麦とまずい蕎麦の食べる音が違います。小さん師匠が好きだったから今でも古典で笑えるネタが好きなのかもしれません。

しかし、こういう雑誌の中にはたくさん載ってますね、落語のCDやDVDの広告が。特集されている小さん師匠の全集はもちろん(これだけでも何バージョンもあります)、『立川談志ひとり会 落語ライブ』に『枝雀 落語大全』。『志の輔 落語のおもちかえりDVD』なんてのもいいですねえ。
いや、こりゃまずいな....。

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『潜水服と蝶』(No.326/2008.05.16)

『バスキア』(1996)、『夜になる前に』(2000)のジュリアン・シュナーベル監督の『潜水服は蝶の夢を見る』を観ました。
ファッション業界において特別な地位にある雑誌『ELLE』の編集長で、一流の人生を謳歌していた実在の人物ジャン=ドミニク・ボビー。彼は突然の病に倒れ、まぶた以外を自分の意志で動かすことが出来ない全身麻痺の状態になりながらも、瞬きによるコミュニケーション手法で自伝を出版しました。その同名の自伝を映画化した作品です。

原作は読んでいないのですが、主人公ボビーの視点のみで進む前半、彼の全身姿を写しつつ客観的な視点も交えながら進む後半、発病する場面の挿入時期など、映画としての脚本は相当考えられていると思います。
全体的に、彼のセンスあるユーモアがちりばめられ、彼の境遇に対する周囲のネガティブな描写があまり出てこないので、必要以上の重苦しさはありません。
左目の瞬きだけでコミュニケーションを行うというのは私たちの想像をはるかに超えた困難だと思いますが、またそのコミュニケーションをサポートする人々も相当の苦労を要した様子が伝わってきます。
テーマとしてはかなり重いですが、生と死の葛藤よりも、美しい女性がたくさん出てきたり、ボビーの想像による豪華でファンタジーな映像を交えたり、ある種かっこよく描いているという意味では、結構珍しいテイストの作品だと思います。自らがアーティストであるジュリアン・シュナーベルらしい、という言い方も出来るかもしれません。
有無を言わさぬ重厚さや大量の涙を誘う感動はありませんが、その分中途半端な同情やお涙頂戴ではなく、ボビーという人間のポジティブな生命力が、私たちの感情の源の部分にしっかりと届いてくる作品だと思います。


『デジタル前後』(No.325/2008.05.09)

前回のコラムでアナログの心地良さについて書いた後に、ふと考えたことがあります。
今や、インターネットの普及もあって、私たちの日常生活の至る所に”デジタル・データ”が存在しています。私たちは日々デジタル・データのやり取りを行い、デジタル・データに目を通しながら暮らしているといっても、過言ではありません。
しかしながら、例えば100年後に今の時代を振り返ったときに、実際にはどのような社会にだったと定義されるのでしょうかか?

5月4日付けの朝日新聞に「デジタルで変わる美術館」という記事がありました。最新のデジタル技術によって美術品を複製することで新しい見せ方が可能になり、本物を見るのとは違う新たな発見もあるという、デジタル技術を非常にポジティブに捉えた内容でした。
一方、「はたらきたい。」(ほぼ日ブックス)という本の中の糸井重里さんと矢沢永吉さんのトークで、「「ほぼ日刊イトイ新聞」が始まった1998年頃、激動の時代の中でどんなことを考えていたか?」と糸井さんに問われた矢沢さんは、「ひとつだけわかったことは、ダウンロードできないものを作らないといけないと思った」と答えています。
アナログ的なものがすべてなくなってしまうとは思いませんが、今は、決してデジタルの時代ではなく、未だアナログとデジタルがせめぎあっている真っ最中なのかもしれません。

そして、その先にどういう社会が待ち受けているかは、まさに私たちがどういう選択をするかによるんでしょうね。
インターネットをインフラとしたコミュニケーションはこれだけ社会のインフラとして定着していますし、さすがに後戻りすることは考えにくいです。デジタルによるコミュニケーションにも全く新しいものが開発されるかもしれません。
しかしそこで大切なのは、効率や利便性のみを最優先とする選択をしないということのような気がします。
このあえて”選択をしない”というところが難しいんですよね。どんな場合においても。写真業界において、銀塩フィルムがなくなりつつある状況って、象徴的な気がします。銀塩でもない、デジタルでもない、まったく新しく環境に優しい”フィルム”ってできそうな気がするのですが。無理かなあ。

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『つながり展』(No.324/2008.05.02)

展示のお知らせです。
世田谷区三軒茶屋の駅ビル”キャロット・タワー”にて、毎年春と秋の2回にわたって開催されている手作りアートのイベント『世田谷アートフリマ』。
そのイベントのPRを目的として、5月3日から同じビル内にある世田谷区のギャラリーで行われるのが、『世田谷アートフリマつながり展』です。一応、私がプロデュースさせていただいています。

「つながり展」は、毎回、”世田谷アートフリマ”や”世田谷”につながりのあるアーティスト10名程度に参加いただくのですが、今回のメイン展示は映像作家の高遠瑛(たかとおあきら)さんの8mmビデオ作品の上映。
先日、現場で実際に映像展示の調整・チェックを行ったのですが、やはり8mmはいいですね。レコードでもフィルム写真でもそうですが、アナログ媒体というのは、どこか人間の呼吸や血液の循環に通じる時間の流れを感じさせてくれます。
続いている感じ、つながっている感じが、ひょっとしたら生命の連続性のようなものを喚起させ、私たちを安心させてくれるというのは少し大げさでしょうか(笑)。
8mmはフィルムの入手も困難ですし、現像も国内では難しいようですが、それでもきっとなくならないのではないかと思うのは、メディアでありながら私たちの身体性の延長線上に存在している気がするからかもしれません。
コンピュータも人間の能力を拡大してくれますが、つながっている感じはしないんですよね。こんなことを言うと古い人間にカテゴライズされてしまうのかもしれませんが。
つながり展、会期も3週間程度ありますので、ぜひ遊びに来てください。

・「世田谷アートフリマつながり展」(http://artfleama.jp/tunagari/


『イアン・カーティス』(No.323/2008.04.25)

先般、このコラムでもご紹介した、ポスト・パンクにおける最重要バンド「ジョイ・ディヴィジョン」のヴォーカリスト、イアン・カーティスを描いた映画『CONTROL(コントロール)』を見ました。

アントン・コービン監督のモノクロ映像が凄まじく良かったです。どの場面を切り取ってもポスターになる感じ。最も心配だった、イアン・カーティス役のサム・ライリーもライブシーンを自ら歌うなどがんばっていましたね。さすが自身でバンドをやっているだけあります。普通の大人、父親として生きられない自分、人を愛することによって人を傷つけてしまう自分への戸惑いをちゃんと表現していました。そういう意味ではファンとしても納得の出来です。
...で、、、なんですが...。
それゆえに改めてイアン・カーティスを包む闇の深さを感じさせられました。サム・ライリーがいかに近づこうとも、イアンの持つ、全てが見えているのに何も見ようとしないような空虚な”目”。これは他者では表現できないでしょう。そして、若くして世界のあらゆる荷物を背負ってしまった困惑と不安。さらに病気がプラスされた人生を生き抜く中で生み出される詩は、本当にすごい。あまりにも鋭い刃物は触らずとも見るだけで恐ろしくなる。そんな感じ。彼が自殺したことは残念でなりませんが、遅かれ早かれ、こういう結果になったのではないかと思います。
イアンはロック・スターになりたかったわけでもないし、自分の弱さをカミング・アウトしたかったわけでもない。”愛”に溺れ、”死”に恐怖しながら、精一杯人生を生きただけでした。その純粋さが今なお多くの人々をひきつけるのでしょう。

さて、5月17日からは、ドキュメンタリー映画『JOY DIVISION ジョイ・ディヴィジョン』が公開されます。世界が崩れ去る瞬間を目の当たりにするときがやってきました。地震の予知と同じで、私たちは”何かが起こる”ということは知りえないんだと思います。私たちにできるのは”何かが起こっている”ことを感じ取るだけ。その先に見えるのは希望の光でしょうか、それとも絶望の闇でしょうか。

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『お詫び&訂正』(No.322/2008.04.18)

今回のコラムはお詫びと訂正です...。
前回ご紹介した作品『イン&アウト』ですが、主人公の花嫁役を演じたジョーン・キューザックを弟のジョン・キューザックと勘違いしておりました。まことに申し訳ありませんでした...。この場にてお詫び申し上げます。Webの方は該当箇所を削除いたしました。ご指摘下さった方、ありがとうございました。

「D−Movie」では、基本的に毎週どの作品をご紹介するかを考え、その作品のビデオを見てコメントを書いています。ただ、原稿の書き溜めなどをしていないため、どうしても仕事の都合などで見られない場合、ごく稀にですが過去の記憶に基づいてコメントを書く場合があります。本件も然り。もちろんその場合でも内容に関するデータなどは再確認するのですが..。
『イン&アウト』は公開後ビデオ化されてすぐ見たのですが、その後、何かで花嫁はジョン・キューザックの女装だと知り、ハリウッド映画では男性の俳優の女装は結構ありますし、作品の内容的にもありそうな話なので、勝手に納得しておりました...。それ故に印象に残っていたと言うこともあるのですが。今後このようなことの無きようちゃんとチェックします。

しかし、たまにこういう”思い込み”をやるんですよね...。
ジョエル&イーサン・コーエン兄弟の名作『ファーゴ』のエンディングで、テロップに”victim in field”として(ミュージシャンの)”プリンス”とクレジットされていて、「プリンスが協力したんだ」としばらく信じていました(これはコーエン兄弟によるフィクションで、この死体役はスタッフだったようです)。
また、映画ではありませんが、昔ジャズ・ピアノ奏者のジョン・ルイスをよく聴いていたときに、ジョン・コルトレーンのお兄さんだと聞かされ、これもしばらく信じていました。いや、よく考えたらすぐにわかることなんですが。


『コントロール』(No.321/2008.04.11)

今なお、あらゆる分野に影響を与え続けている、イギリスのポスト・パンクバンド「ジョイ・ディヴィジョン」。そして、そのカリスマ的フロントマンであり、23歳で自らこの世を去ったイアン・カーティス。そのイアン・カーティスを描いた伝記映画『CONTROL(コントロール)』が先月より劇場公開開始、さらにジョイ・ディヴィジョンのドキュメンタリー映画『JOY DIVISION ジョイ・ディヴィジョン』も来月より公開されます。
なんて、冷静に書いていますが、個人的には心臓バクバクです。早く観たい。

「ジョイ・ディヴィジョン」は1976年にイギリス・マンチェスターで結成されたバンド。そのストイックな音楽性もさることながら、ボーカルのイアン・カーティスのカリスマ性(23歳で自殺しました)や、所属したレーベル「ファクトリー」の革新性などが響きあって世界的なムーヴメントを巻き起こしました。
イアン・カーティスを失ったメンバーたちによるバンド「ニューオーダー」は、今なお伝説のバンドとして長期にわたって音楽シーンのトップに君臨しています。また解散説が流れていますが...。

『CONTROL(コントロール)』を監督したのはU2やデビッド・ボウイなどを被写体として、写真のみならず、グラフィック・デザインやミュージック・ビデオなども手がけ、世界のロック・シーンと対峙し続けてきたフォトグラファー、アントン・コービン。モノクローム映像が激シブです。
一方、『JOY DIVISION ジョイ・ディヴィジョン』を監督したのは、レディオヘッドのツアーを追ったドキュメンタリー『ミーティング・ピープル・イズ・イージー』で高い評価を集めた映像作家、グラント・ジー。こちらには貴重なライブ映像などやインタビューが収められているようです。

考えてみれば、私たちがそれぞれ触れている世界の”質感”は違います。人の数だけ違う質感の世界がある。ある人には何かに照らされているかのように輝かしい世界だろうし、ある人にはすりガラスのように曇っている世界かもしれません。そんな分断された世界の中で、コミュニケーションを志向すること。分断がいつしか分裂になり、関係が争いにつながる。
”CONTROL”、おそらく私たちが自らの意思で失ったもの。そして二度と取り戻せないもの。ジョイ・ディビジョンの存在する世界の質感が、再び私たちの前に立ち現れます。

・『CONTROL』(http://control-movie.jp/
・『JOY DIVISION』(http://joydivision-mv.com/

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『靖国』(No.320/2008.04.04)

日本在住の中国人ドキュメンタリー監督リ・インによる日中合作のドキュメンタリー映画『靖国 YASUKUNI』。リ・イン監督が10年間に渡って靖国を取材して完成させ、第32回香港国際映画祭で最優秀ドキュメンタリー賞を受賞したこの作品、今月中旬から日本でも5館で公開予定でしたが、各映画館が相次いで上映を自粛する事態が起こっています。マジですか..。

映画館側は「安全な上映環境を確保できるか、不安がぬぐえない。表現の自由を守れと言われても、限界がある」などと声明を発表しているようですが、だとすると、日本社会における言論の自由、表現の自由とは一体何なのでしょうか。少なくともそれを守るのがメディアの役割でもあると思っていたのですが...。

国会議員向けの試写や、文化庁の所管法人の基金による助成金の正当性なども問題になっているようですが、全く関係ないと思います。映画が歴史的に公平・中立であるなどいうことがそもそも幻想であり、それを問題とするならば、過去十数年に渡ってアメリカが製作・上映し続けてきたさまざまな映画(特に戦争映画)が上映禁止とされるべきでしょう。
映画は、もっと大きく言えばメディアが中立でありえるのか、非常に微妙な問題ですが、いずれにしても大切なのは、まず作品を見るということ、そして見た人それぞれがきちんと判断を下すということ。
中国人に対して虐待を行い、暴行をはたらいたと告白する元日本兵をフィルムに収めた『日本鬼子』は上映こそされましたが、ビデオ化などされていません。オウムを内側から描いた森達也監督のドキュメンタリー『A』も上映までさまざまな紆余曲折を余儀なくされました。
映画とは...メディアとは...その役割が根本から揺らいでいます。

・『靖国 YASUKUNI』(http://www.yasukuni-movie.com/


『ダークファンタジー』(No.319/2008.03.28)

2007年の第79回アカデミー賞6部門にノミネート、3部門(撮影賞、美術賞、メイクアップ賞)を受賞した作品『パンズ・ラビリンス』のDVD−BOXが今週発売になりました。いろんな特典が付いているようで、触手が動きますねえ。

この映画、メキシコ出身の鬼才ギレルモ・デル・トロ監督によるダークファンタジーで、評論家筋ではかなり評判になっていたようです。ただ、日本ではファンタジーっぽさを強調したPRがされていて、個人的には全然興味がありませんでした...。しかしながら、ある日劇場で映画を見ようと思い、いろいろ調べているうちにたまたま『パンズ・ラビリンス』の映画評を見つけてびっくり。”あまりにも悲劇的な結末”、”観なければ良かった”、”単なるファンタジーと思っていたらとんでもない”などのネガティブな評がずらり。「これは見なければ」と映画館に走りました(笑)。
いや、もちろんちゃんと調べれば賞賛のコメントの方が多かったのですが。

スペイン内戦後を舞台にしたリアリティのある脚本、登場する架空の創造物の独創性、近年稀に見る骨太のファンタジーでした。ファンタジーの面白さは、やはり見たことも無いような世界に迷い込むような感覚にあると思うのですが、まさに『パンズ・ラビリンス』は現実と妄想が絡み合い、めまいを覚えるほどの醜さ、美しさを内包した作品でした。冒頭で「DVDが欲しい」と言いましたが、実際にはもう一度見たいような見たくないような...。
景気が悪い時ほどファンタジーものがヒットすると言われますが、ファンタジーを、というより、ファンタジーが存在する状況をあからさまに抉り出した傑作だと思います。

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『トップ不在』(No.318/2008.03.21)

日銀総裁人事は後任が決まらないまま19日に福井俊彦総裁が退任、戦後初の総裁空席という事態となってしまいました。とりあえず副総裁となる白川方明氏が総裁代行として就任。うむー、迷走してますねえ。

民主党が掲げる「財政と金融の分離」という理論も分かりますが、今回の民主党の主張・姿勢にはあまり納得がいきませんねえ。具体的な対案も出てくるわけじゃ無し。ちょっとわけがわからない。とにかく反対することによって、参議院を担う政党としての立場を誇示できているとでも思っているのでしょうか。実態のよくわからない特殊団体のような組織のトップを決めるのであればしょうがないですが、日本の金融の要、日銀の総裁にはやはり能力的にふさわしい人になってもらわないと困る、というのが多くの国民の意見なのではないかと思いますが。
もちろん、福田首相もダメ出しされるとわかりきった候補者を次々出すのも芸が無いし、メディアを通してみている限りでは、根回しがまったく成功していないように受け取れます。

民主党もそれほど自分たちの立場を印象付けたと思えないし、福田首相も調整能力の無さを露呈してしまった次第で、誰も”得”をしていない。
で、これによって日本の国際的なイメージが低下してしまったかというと、米国が利下げを決めれば株価は上昇。あんまりたいした影響はなかったりして...。であれば、日銀総裁人事についてこの段階で徹底的に与党と野党で討論しあっていただきたいですね。ねじれ国会によってそういう方向性が出てくれば、もう少し政治もまともになるんじゃないかと思いますが。


『洋画の理由』(No.317/2008.03.14)

以前、このコラムに書いたのか、どなたかのメールにお答えしたのか忘れてしまいましたが、”『D−Movie』で取り上げる映画は、なぜ洋画が多いのか?”というお話。

別に高尚な理由があるわけではありません。個人的に”洋画が好き”、というだけのことです。ではなぜ洋画が好きなのかというと、”物心ついた時から高校生までの間、実家がお付き合いで近くの本屋さんから定期購読していた「スクリーン」と「ロードショー」という洋画雑誌をずっと読んでいた”からではないかと思います。まあ、そんなもんです。
だから、邦画が嫌いなわけではありませんし、アジアの映画も見ます。ただ、洋画に比べると頻度が少ないだけで。後、世代的にサブ・カルチャーの洗礼を受けた、ということもある程度影響しているかもしれません。また、パンク・ロック世代でもあるので、そうは言いながらもハリウッド的商業主義にアンチなところもあります。
好きな映画監督となると、デヴィッド・リンチ、アンドレイ・タルコフスキー、アッバス・キアロスタミ、パトリス・ルコント、ジョン・カサヴェテス、ジム・ジャームッシュとかになってしまいますから...。

『D−Movie』では出来るだけ幅広いジャンルの作品をご紹介できればと思ってはいるのですが、ただ、具体的に洋画の方がいいな、と思う点がひとつあって、それは”台詞の楽しさ”ですね。
やはり沈黙を美徳とせず、思いや考えを言葉として伝え合うことで社会を築いてきた人たちの作品は、(映画に限らずだと思いますが)言葉のやり取りが面白いし、胸にグッと来る台詞も多いです。今回ご紹介する『カレンダー・ガールズ』然り。
どんなに平凡な作品や駄作と思われる作品でも、洋画の場合は印象的な台詞が必ずいくつか出てくるんですよね。いつか個人的にまとめたいなーと思っているのですが。

ちょっと話がそれますが、前に知人から聞いた話を思い出しました。とあるアメリカ人の野球選手が野茂投手のフォークボールをこう表現したそうです。「まるで机からボールが転がり落ちるようだった」。映画のみならずアメリカはスポーツ選手もみんな表現が豊かというかエンターテイメント性がありますね。こりゃ球場に見に行きたくなるわけだ。

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『哀愁の8mm』(No.316/2008.03.07)

今年に入っても相変わらず盛り上がっている感のある”トイカメラ”。トイカメラと言えば、そのほとんどがフィルムカメラでしたが、デジタル・トイカメラの決定版とでも言うべき、アメリカはVistaQuest社の「VQ1005」というカメラが出現しました。
手のひらですっぽり包める極小サイズ。お値段も5千円程度と手ごろ。チープな質感にチープな写り。モニター画面が無いので、撮ったその場で見られません(笑)。何を撮っても脱力系の写真を吐き出す憎めない奴です。

で、このカメラ、静止画だけじゃなくて動画も撮れるのですが、これが面白いっ。私が買った理由も動画でした。ファインダーも無いので、どこをどういう風にとっているかは適当なのですが、撮り終わった動画はまさに昔懐かしい8ミリフィルムの映像!!!
いくつか動画ファイルをアップしてみました。ご覧ください。

(1)http://dmovie.fc2web.com/images/0001.wmv
(2)http://dmovie.fc2web.com/images/0002.wmv
(3)http://dmovie.fc2web.com/images/0003.wmv

ホント8ミリみたいでしょ。要するにチープな写りと、フレームレートの粗さでそれっぽく見えているというだけなんですけどね。
写真好きの方より、むしろ映画・映像好きの方に好まれるのではないでしょうか。お値段も手ごろなので、遊べるおもちゃとしてオススメです。これで映画作ったら面白いだろうなあ。動画では音声が録音できないのでとりあえずサイレント映画となりますが。

ちなみに「VQ1005」はすでに製造を中止しているので、私はBell&Howell社からOEMで供給されている「Genie III」という機種を買いました。基本的に同じものです。でもこっちの方が何かメーカー名がかっこいいです。BANG&OLUFSENみたい。いや、全然違うけど。

・コチラのお店に「VQ1005」再入荷したようです。
http://www.rakuten.co.jp/prokitchen/1975559/


『美の基準』(No.315/2008.02.29)

例えば、”美”や”善”といった、一般的に”良い”とされている概念においても、我々が日々暮らす社会の中では、相対的な基準でしかありえないのではないかと思います。
百歩譲って哲学的、観念的世界で普遍的な”美”は存在するとしても、”善”となるとどうでしょう。さらに”良い”(こと、モノ)となると、今の世の中、人間の数だけ存在するのではないでしょうか。
映画でも、戦争をテーマにした作品は常に一方向からの視点である旨が指摘されます。

昨年末、うちのギャラリーの個展スペースの壁を改装しました。知り合いの工務店さんにお願いして厚手のベニヤ板を張り巡らせた後、壁を白くペンキで塗る作業は自分でやることに。
久しぶりのペンキ塗りで、とりあえず塗料や道具を買いに行った際、ついでに壁の塗り方を教えてもらうと、どんな場所でどのような目的で塗るかはあまり聞かれず、とにかく”きれいに塗る”方法を教えてくれます。これは試しにいくつかのお店を回ってみましたが全て同じでした。とにかくきれいに、均一に塗ることを教えてくれる。
また、別の日にフィルムで撮った写真のプリントを受け取りに言ったら、「ブレやボケがひどい写真はもったいないのでプリントしませんでした」とのこと。店員さんが無駄なお金を使わせないよう、サービスとしてやってくださったんですね。
いずれも、いわゆる”常識”から考えると当たり前のことですし、むしろ親切な対応だと言えます。しかしながら、個人的にはどうも引っかかるものがあるんです。
決してこの人たちのことを悪く言っているわけではなくて、一般的に考えて美しいかどうか、正しいかどうかよりも、もっと大切にしなければならないものがあるんじゃないかと。多数的な”美”や”善”がまかり通ると、世界の質感はつるんとした画一的なものになってしまうのではないでしょうか。
で、それが際限なく広がっていく思想がグローバリズム。

人と同じ価値観や感情を共有できることは幸せです。しかし、人と違う価値観を持つことや感情を交わせることもまた幸せだと思います。

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『ルノワール』(No.314/2008.02.22)

渋谷にある東急Bunkamuraザ・ミュージアムで『ルノワール+ルノワール展』を観ました。印象派画家のピエール=オーギュスト・ルノワールとその次男である映画監督ジャン・ルノワールの絵画と映画を同時に展示するという、今までにありそうでなかったコンセプトの展覧会です。

会場に入った瞬間はいつものように飾られている絵画と一緒に、複数のスクリーンが目に飛び込んできて、なんとなく違和感がありました。絵と映像を並列するというのは、さほど珍しいことではありませんが、こういう美術館で目にするということがなかったからでしょうね。しかしながら、ゆっくりと展示を見ているとその違和感も徐々に解消され、中盤に差し掛かる”草の上の昼食”のコーナーでは、あまりにも自然に融合(?)していてびっくり。二人がそれぞれに目指していた光あふれる世界がふわっと開けたような感じがしました。

父であるオーギュスト・ルノワールの「モデル無しではやっていけない」という言葉、そして息子ジャン・ルノワールのイングリッド・バーグマンを主役にした『恋多き女』の素晴らしさ。絵や映画というメディアを超えた共通の感覚を垣間見たようで面白かったです。実は絵も映像もそんなに違いは無いのかもという不思議な感覚に陥りました。映画のみならず、素晴らしい芸術作品は、素晴らしい女性と共にあるものなんですねえ。

”偉大な芸術家”を超えることは出来ても、、”父”という存在を超えることは出来ないのではないかと思っていて、そのあたりジャンはどうだったんだろうと考えたことがあるのですが、展覧会を観るとジャンは父が偉大な芸術家であることを誇りに思い、信頼していた様子が伝わってきました。偉大なる父の背中をある種無邪気に追いかけるジャンの姿勢は微笑ましいし、きっと幸せだったんだろうなあと。

ジャン・ルノワールは日本でこそ知名度が低い気がしますが、世界的に見れば文句なく巨匠と呼ばれる位置にいます。なので、”画家のルノワールの息子”、という肩書きはほとんど意味を成さず、この関係性から二人の新たな魅力が見えてこなければ、二人を一緒に見せる意味も無い。そいう言う視点から考えると素晴らしい展覧会だと思います。

会期もたっぷりありますので、ぜひご覧ください。

・『ルノワール+ルノワール展』(2008年2月2日(土)〜5月6日(火))
http://www.bunkamura.co.jp/museum/lineup/shosai_08_renoir.html


『ロンドンコーリング』(No.313/2008.02.15)

パンクの歴史の中でもひときわ重要な位置を占め、今なお伝説として語り継がれるイギリスのバンド”クラッシュ”のフロントマンである、故ジョー・ストラマーの生涯を描いた映画「LONDON CALLING/ザ・ライフ・オブ・ジョー・ストラマー」を観ました。

クラッシュ結成の経緯から、アメリカ制覇も成し遂げた絶頂期、メンバー間の確執による活動の失速、さらにはソロ・プロジェクトを中心とした晩年の活動まですべてを網羅した完全版、とでも言うべき内容。
兎にも角にも、冒頭のレコーディングのシーンが圧巻。バックトラックは聞こえませんが、ジョー・ストラマーのヴォーカルだけで100%パンク!実際、歌は上手くないかもしれないけれど(昔からよく言われてました...)、”魂”入ってます。

ちなみにサントラも発売されていて、ジョー・ストラマーの音楽的ルーツがわかる渋い選曲のみならず、クラッシュの未発表曲も入っている必聴盤となっています。タイトルは、映画の原題で彼の”座右の銘”的に使われている「THE FUTURE IS UNWRITTEN」。いい言葉です。パンクって単なる音楽のジャンルじゃなくて”姿勢”だと思いますが、さらに言うと、”反体制”や”壊す”だけじゃない。すごくポジティブなものなんです。

”音楽が世界を変える”ということは実現しないかもしれませんが、そう信じることには意味がある。そんなことをあらためて考えさせられました。ありがとう。

・ロンドンコーリング(http://www.londoncalling.jp/

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『大ピース』(No.312/2008.02.08)

毎週木曜日の19:30から生放送を行っている『世田谷Webテレビ』。うちのギャラリー『世田谷233』をスタジオにお送りしているのですが、1月31日のゲストは何とサエキけんぞうさんでした。司会を務めてくださっているご近所さんのつながりです。
『世田谷Webテレビ』には今までもシーナ&ロケッツさんや作家の山川健一さんなどのビッグゲストがたま〜に出演してくださっているのですが、今回もすごかった。さすが歯科医&ミュージシャン&評論家&作詞家&プロデューサー...etc。

いい意味でゆる〜い番組ですので、司会もゲストも焼酎を飲みながらの放送となりました。これが良かったのか(悪かったのか?)話の内容はやはり下ネタに...。いや、サエキさん曰く”医学の話”何ですが(笑)。
40分近く、ずっとサエキさんのテンションの高い、歯に衣着せぬユーモアあふれるお話をお聞きしていて思いました。サエキさんは今でもいろいろご活躍されていますが、パール兄弟というテクノユニットのフロントマンとして世の中を席巻していてのが80年代。私の青春時代。今思えば、音楽もファッションもどこか軽さを感じさせるものが多かった気がしますが、逆に言うと何でもアリ、で、言いたいことを言えた時代だったのかもしれないなあと。
決して言いっ放しはいいと思わないし、今の時代が言いたい事を言えないわけではないのですが。インターネット上は確かに言いたいことを言えますが、メディアそのものが軽さを感じさせないでもない気がして。”誰でも出来る”って言うこととトレードオフなんでしょうか...。

サエキさん出演時の放送データは東急ケーブルテレビでも放送されますが、ヤバイくだりがいくつかあるので(笑)、コチラの完全版をご覧ください。

・世田谷Webテレビ(http://233.fiw-web.net/webtv/


『6人のディラン』(No.311/2008.02.01)

ミュージシャンの人生や歴史を描いた映画というのは結構多いです。映画が映像と音がメインのメディアと考えると相性がいいのかもしれません。しかしながら、完全なドキュメンタリーの場合は貴重なライブやインタビューのシーンなんかが結構盛り込まれていて、得した気分になる作品が多い反面、俳優がミュージシャンを演じているものは、大体中途半端な出来になってしまうケースが多い気がします。特にファンにとってはそうなりがちですね。
まあ、それぞれに思い入れもあるのでしょうがないですが。

でも、今年のゴールデンウィークに日本で公開が予定されているボブ・ディランを描いた作品『I'm Not There/アイム・ノット・ゼア』はドキュメンタリーではないもののなかなか興味深いです。映画としてはボブ・ディランの半生を映画化しているわけですが、何と6人の俳優がそれぞれのキャラクターでボブ・ディランを演じるとのこと。クリスチャン・ベールやリチャード・ギアなどなど。しかもその中にはケイト・ブランシェット(女性!)もいるそうです。まあ確かにディランはフォークの神様でありロッカーであり詩人でありと多面的な人間性を持っているとは思いますが。うむー。どうなるやら。

監督は『ベルベット・ゴールドマイン』で70年代前半に流行したグラム・ロック・ムーヴメントを描いたトッド・ヘインズ。アメリカではすでに公開済みで、早速今年の第65回ゴールデングローブ賞でケイト・ブランシェットが助演女優賞を獲得したとのこと。期待できます。
ちなみに今、公開中(東京・下高井戸)の映画でミュージシャンがテーマといえば、70年代にパンクで世界を塗り替えた伝説のバンド・クラッシュのフロントマン、ジョー・ストラマーを追ったドキュメンタリー『LONDON CALLING ザ・ライフ・オブ・ジョー・ストラマー』があります。
これは何が何でも見なきゃ。

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『くりかえし』(No.310/2008.01.25)

最近、JR東日本が発信している「毎日をくりかえす力」というコピーが気になっています。テレビでもよく見ますね。またかと思われるかもしれませんが、これも”STAYER(=意志を持ってとどまり続ける人)”的思考だなあと。

もちろん鉄道会社がこのコピーを使うとき、”安全”ということがキーワードなのだと思いますが、”毎日をくりかえす”という作業には大変な努力やエネルギーが必要なのだという意味では、そのまま人生に当てはまりますね。
紆余曲折があって、波乱万丈な人生が楽しそうに思われがちですが、それはあくまでも振り返ってみればそうだったということ。どんなに浮き沈みの激しい人生でも、当の本人は、一日一日を一生懸命繰り返しているだけに過ぎないのではないでしょうか。

例えばひとつの事に本気で集中する、人生をひとつの事に賭ける、そういう人はおそらくそれ以外のことに手を広げる余裕は無いと思います。だから結果的にフィールドは”広がらない”。では、”広がらない”からといって世界や見識がせまいかというと、ひとつのことを掘り下げるからこそ物事の普遍的な本質が見えてくる。そこで、結果として”広がらない””とどまる”ということに価値が生まれる。その価値をちゃんと認識しなければならないのではないか、ということが、私が”STAYER”という言葉に託したことのひとつです。

「毎日をくりかえす力」。いい言葉です。

しかしながら、JR東日本と言えば、先日、岩手県奥州市で行われる「黒石寺蘇民祭」の、ふんどし姿の男性が写っているポスターについて、「見る人に不快を与える恐れがある」として、JR施設内でのポスターの掲示を拒否したというニュースがありました。
広告に対する目が厳しいのか、許容範囲が狭いのか。あれはちょっと写真を撮った人がかわいそうでしたねえ。


『記念写真』(No.309/2008.01.18)

個人的に好きなテレビ番組のひとつが、NHK総合チャンネルで放送されている『ようこそ先輩』。さまざまな業界で活躍されている人々が出身校である小学校を訪ね、自らの専門分野をテーマに授業を行うというもの。

先日の放送での先生は写真家の立木義浩さん。女性を被写体にした作品や、広告・雑誌・出版などの分野で幅広く活躍されている方です。
立木さんが今回子供たちに伝えたのは、”ものをよく見る”ということ。情報が溢れている時代だからこそ、”見る”ことの大切さを体験させたかったと。2日間の授業の中で、デジタルカメラを片手に、子供たちは普段の生活では見えないものを見る視点を獲得していきました。

この内容もさることながら、番組の最後に立木さんがおっしゃった言葉にドキッとしました。最後にみんなで記念写真を撮るのですが、そのとき、子供たちを集めるために立木さんが大声で一言。「一番楽しい記念写真だよー」。

確かに写真の大きな役割は”記録”すること。私たちの日常の中での”記録”とは、要するに”記念”ということではなかったか。そんな考えが頭をよぎり、さらに、以前、ギャラリー「ルーニィ・247フォトグラフィー」のオーナーである篠原さんとお仕事をご一緒した際に語られた、宮武東洋さんという日系アメリカ人のカメラマンが撮ったマンザナー強制収容所での一枚の記念写真についてのお話を思い出しました。
(詳細はコチラをご覧ください→http://www.bunkamura.co.jp/gathering/guest/guest12.html

今の時代は、携帯電話のカメラやデジタルカメラの進化・普及により、誰もが日常的に写真を撮ることが可能となった、いわば”スナップ全盛時代”。しかしながら、やはり写真とは”記録”であるわけで、だからこそ人間の歴史のポイントなる一瞬を切り取る”記念”写真は、私たちにとって楽しいものであり、思い出に残るものであり、後々さまざまな物語を雄弁に物語るものではないでしょうか。

番組の意図とは違う感銘の受け方かもしれませんが、いずれにしても『ようこそ先輩』、やはり良い番組です。

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『アンカー展』(No.308/2008.01.11)

1月20日(日)までの会期で、渋谷にある東急Bunkamuraザ・ミュージアムにて、アルベール・アンカーの大回顧展『アンカー展』が開催されています。アンカーはスイス出身で、日本ではあまり知られていませんが、本国では国民的画家として親しまれているそうです。

モチーフとなっているのは、一言で表すなら”平凡な人々の平凡な暮らし”。農民の働く姿や子どもたちの日常を描いた作品は素朴そのもの。しかしながら、その高い技術によって描き出された精緻な絵は、まるで飛び出す絵本のように立体的に迫ってきます。恥ずかしながらアンカーという作家については何も知りませんでしたが、その絵の持つ純粋さとその裏に垣間見えるタフさに心を動かされました。平凡なことを平凡に(素晴らしい絵を描くということは平凡ではありませんが...)続けることの難しさ。これはまさに”STAYER=意志を持ってとどまり続ける人、またはその姿勢”です。いや、最近、なんでもSTAYERに置き換えてしまう悪い癖があるのですが(笑)。

人と人のつながり、家族の絆、なんてあらためて口に出すと少し気恥ずかしさを感じますが、これだけ人間同士の距離が離れてしまった現代では新鮮に感じます。
ベッドでかわいい子どもが二人、こっちを見て微笑んでいる構図の絵があるのですが、これちょっとドキッとしました。おそらく、こういう情景をここまで描き込んだ絵を見たことがなかったので、違和感を感じたんでしょうね。
宗教的な背景や教育者としての人格もあるとはいえ、これだけ子どもたちを描き続けること自体、もうパンクです。 1年の始まりに、もう一度見たいと思います。

ちょっとお手伝いしているコチラのサイトで、元スイス大使の國松孝次さんがアンカーの魅力を語ってくださっています。ぜひご覧ください。

・ミュージアム・ギャザリング
http://www.bunkamura.co.jp/gathering/guest/index.html

ちなみに前回配信させていただいた『ブルー・イン・ザ・フェイス』についてのレビューが、メルマガの発行でお世話になっている「まぐまぐ」のジャンル別サイト「映画のまぐまぐ」の「映画おすすめ情報」コーナーにて紹介されています。期間は2008/1/7(月)〜2008/1/11(金)。

・「映画のまぐまぐ」へのリンク:http://movie.mag2.com/


『IN RAINBOWS』(No.307/2008.01.04)

あけましておめでとうございます。いつもご覧いただきましてありがとうございます。2008年、最初の配信です。今年もよろしくお願いいたします。

前回のコラムでアイルランド出身のロック・バンド”The Frames”の最新作をご紹介した際、ちょっと名前の出た英国のロックバンド”レディオヘッド”。

昨年12月に7枚目となるニュー・アルバム「IN RAINBOWS」のCDが日本で先行発売されました。もちろん即購入。音も姿勢もどんどんソリッドになっていく彼らのアルバムは、日常の空気に気持ちの良い緊張感を与えてくれ、聴けば聴くほどハマっていきます。

しかしながら、今回のCDで最も話題になったのは歌詞でもメロディーでもなく、その流通方法でしょう。実は昨年10月から、公式サイトでのダウンロード販売を始めていたのです。しかも、定価による販売ではなく、買い手が自由に値段を決められるシステム。アーティストがレコード会社を介さず楽曲を直接リスナーに届けるという意味ではさほど新しくはありませんが、価格も自由となると話は別。衝撃的な試みに”業界が震撼した”なんて記事もちらほら見ました。

「この仕組みによってバンドは億単位の利益を手にした」「60%は無料ダウンロードだった」などなど、成功・失敗に関してさまざまな噂が飛び交いましたが、さてさて実際はどうだったのでしょうか?
個人的には、結果はどうあれ、こういう風にネットを利用した新たな流通の試みが行われるのは良いことだと思いますが、ここで注意しなければならないことがひとつ。彼らの姿勢を”アンチ・レコード会社”もしくは”アンチ・旧流通網”と単純に捉えるとやばいなと。この仕組みを使うことによって、バンドがレコード会社を通すより儲かることが大切で、そのためには、リスナーがちゃんとお金を払う必要があります(もちろん、内容がお金を払うに値しない場合は別)。それがなければこのシステムは成り立ちたない。つまり、彼らは私たちに”良い音楽を手に入れるためには、相応のお金をちゃんと払おう”という当たり前のことを改めて問いかけたのではないでしょうか。

ちなみに私はCDを買いました。払ったお金分(税込2,490円)の価値はあると思います。彼らのCDをダウンロードもしくは購入された方、いかがでしょうか。

・レディオヘッド公式サイト(www.radiohead.com

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